大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和47年(う)94号 判決

被告人 前田定春

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、福井地方検察庁検察官辻本俊彦の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論に鑑み原審記録を精査するに、原判決挙示にかかる各証拠なかんずく所論指摘の各証拠により、原判示受供与金の授受およびその返還等の経緯をみると所論一の1乃至3掲記の各事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで一般に、受供与者等が利益を供与者等に返還した場合の没収乃至追徴の関係については、(一)、供与された利益そのものが供与者等に返還されたときは、返還をうけた供与者等からこれを没収乃至追徴するものとし、これと異り、(二)、受供与者等において収受し又は交付を受けた利益を費消する等したうえこれに代わる相当額の金員等を供与者等に返還したにすぎない場合は、収受等した利益そのものは受供与者等のもとにあるとみうるとして受供与者等から追徴すべきものと解されているところ、これを本件についてみるに、右認定のとおり被告人が渡辺武夫に対し、供与者への返還を依頼して手交した現金三万円は、供与者と無関係ではないとしても、一応第三者とみられる森山昇の手許に保管され供与者の許まで届いていず、またその金員も供与をうけたものそれ自体でなく平井毅から借用した金員であり、供与された金員それ自体はその後被告人から右平井に対し、右立替金の弁済として手交されているのであるから、前叙(一)、(二)のいずれの場合とも事案を異にするものといわねばならない。

しかし乍ら、右各証拠により事案を仔細に検討すると、被告人は四月一五日警察で取調べをうけて帰宅する途中平井方に立寄り、右三万円の取扱いにつき相談したところ、同人から直ちに返還すべきものである旨助言されこれに従がおうとしたが、右金員は自宅にあり、現にこれを所持していなかつたところから、同人のすすめもあり、一時これを同人から立替えてもらい返還することとし、平井宅から直ちに渡辺方に連絡をとり、同人の来訪を求め、返還の趣意を明らかにしてこれを同人に手交返還したうえ、翌朝自宅に保管してあつた現金三万円を平井方家人に手交したものであることが認められ、これらの点から、ことを実質的に観察するならば、返還の相手方は、法律上供与者との評価はうけないとしても、現実に金員の供与にあたつた渡辺武夫であり、その意図するところは勿論収受した利益を供与者に返還するにあり、また、返還された金員が異るといつても、これは返還を決意したその場に現物がなかつたところから、平井の助言に従い同人の援助をうけたもので、現物はこれに引続き翌朝直ちに平井に手交されたものであるから、いつたん自己の用途にあてるなどしてこれを費消し、その利益を享受した後、同額の金員を返還した場合と異り、当事者の意図も、利益の流れも全て供与者に対する返還にむけられていたことは明らかであり、むしろ前叙(一)の場合の供与された利益そのものを返還した場合と同一に評価するのが相当と解せられ、またかく解することの方が選挙に関する不正な利益を保有させないという公職選挙法二二四条の立法趣旨に、実質的にみて、より合致するものと考えられる。

そうだとすると本件においては右法条により被告人から没収乃至追徴をなす余地のないものであるから、これをしなかつた原判決は、その理由の説明において不充分な点のあることは別として、所論の如き違法あるものとは認められない。所論援用の判例はいずれも受供与者等において収受等した利益を費消した後これと同額の金員等を返還した場合についてのものであり本件とは事案を異にし採用の限りではない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!